Thursday, October 20, 2011

冒頭

漱石をやりすごすこと 
 漱石をそしらぬ顔でやりすごすこと。誰もが夏目漱石として知っているなにやら仔細ありげな人影のかたわらを、まるで、そんな男の記憶などきれいさっぱりどこかに置き忘れてきたといわんばかりに振舞いながら、そっとすりぬけること。何よりむつかしいのは、その記憶喪失の演技をいかにもさりげなく演じきってみせることだ。顔色ひとつ変えてはならない。無理に記憶を押し殺そうとするそぶりが透けてみえてもいけない。ただ、そしらぬ顔でやりすごすのだ。それには、首をすくめてその影の通過をじっと待つ。肝腎なのは、漱石と呼ばれる人影との遭遇をひたすら回避することである。人影との出逢いなど、いずれは愚にもつかないメロドラマ、郷愁が捏造する虚構の抒情劇にすぎない。だが、やみくもに遭遇を避けていればそれでよいというわけのものでもない。漱石と呼ばれる人影のかたわらをそっとすりぬけようとするのには、それなりの理由がそなわっている。それは、ほかでもない。その漱石とやらに不意撃ちをくらわせてやるためだ。漱石を不意撃ちすること。それも、ほどよく湿った感傷の風土を離れ、人影が妙に薄れる曖昧な領域で不意撃ちすること。だが、なぜ不意撃ちが必要なのか。誰もが夏目漱石として知っている何やら仔細ありげな人影から、自分が漱石であった記憶を奪ってやらねばならぬからである。人影は、いかにもそれらしく夏目漱石などと呼ばれてしまう自分にいいかげんうんざりしている。そう呼ばれるたびに自分の姿があまたの人影からくっきりときわだち、あらためていくつもの視線を惹きつけてしまうさまに苛立ち、できればそんな名前、そんな顔を放棄してみたいとさえ思う。ところがなかなかそうはいかない。このとりあえずの名前でしかない夏目漱石を背負った人影に瞳を向けることが当然の義務だとでもいいたげに、誰もが、善意の微笑さあえ浮かべているからだ。人影は、この善意の微笑にまといつかれてほとんど窒息しかかっている。しかも、それを裏切る術を人影は知らない。だから、その顔も、その声も、いかにも漱石ふうに装いながら、息苦しさを寡黙に耐えつつ人影はあたりを彷徨するほかはないのだ。だから、みんなが、つい声をかけて呼びとめたくなるのもしごくもっともなはなしというべきではないか。しかし、いまは、遭遇への誘惑をたって、こちらの存在をひたすら希薄に漂わせておこう。そして、漱石たる自分に息をつまらせている人影から、抒情にたわみきった記憶を無理にも奪いとってやる必要があるのだ。顔もなく、声もなく、過去をも失った無名の「作家」として、その人影を解放してやらねばならない。漱石を不意撃ちしてその記憶を奪い、現在という言葉の海に向って解き放ってやること。そして、言葉の波に洗われて、その人影がとことん脱色される瞬間を待つこと。さらには、書く人としてあったが故にかろうじて漱石と呼ばれうるその人影に、匿名の、そして匿名であればこそ可能な変容を実現せしめ、あたりに理不尽な暴力を波及しうる意味と記号の戯れを、「文学」と呼ばれる言葉の地場の核心に回復してやらねばならぬのだ。そのためにも、ひとまず、漱石をそ知らぬ顔でやり過ごさなければならない。だが、それは何より厄介な仕事である。


仰臥と言葉の発生  
 「生憎主人はこの点に関して頗る猫に近い性分」で、「昼寝は吾輩に劣らぬ位やる」と話者たる猫を慨嘆せしめる苦沙彌の午睡癖いらい、「医者は探りを入れた後で、手術台の上から津田を下した」という冒頭の一行が全篇の風土を決定している絶筆『明暗』の療養生活にいたるまで、漱石の小説のほとんどは、きまって、横臥の姿勢をまもる人物のまわりに物語を構築するという一貫した構造におさまっている。『それから』の導入部に描かれている目醒めの瞬間、あるいは『門』の始まりに見られる日当たりのよい縁側での昼寝の光景、等々と逐一数えたてるまでもなく、あまたの漱石的「存在」たちは、まるでそうしながら主人公たる確かな資格を準備しているかのごとく、いたるところにごろりと身を横たえてしまう。睡魔に襲われ、あるいは病に冒され、彼らはいともたやすく仰臥の姿勢をうけ入れるのだ。横たわること、それは言葉の地場の表層にあからさまに露呈した漱石的「作品」の相貌というにふさわしい仕草にほかならぬ。事実、『吾輩は猫である』の猫が報告する主人の日常は、家人を偽って書斎でうたたねをするきわめて不名誉なイメージではじまっていたではないか。「吾輩は時々忍び足に彼の書斎を覗いて見るが、彼はよく昼寝をしてゐることがある。時々読みかけてある本の上に涎をたらしてゐる」と、猫は容赦なく暴露する。なるほど、ここでの苦沙彌は、机にうつ伏しているのではあろう。だが、その名からしてもいかにも意義深い「臥龍窟」への不埒な闖入者たる迷亭が、「時にご主人はどうしました。相変わらず午睡ですかね、午睡も支那人の詩にでてくると風流だが、……」といった調子の揶揄を苦沙彌の妻に浴びせるとき、彼は、間違いなく人目を避けて身を横たえている。そしてその仮の眠りは、迷亭の場合がそうであるように、きまって他社の侵入によって脆くも崩れ去ってしまう。というより、むしろ、苦沙彌がたえず睡眠への斜面を仰臥の姿勢で滑りつつあるが故に、その周辺にはおびただしい数の多彩な顔ぶれが寄り集ってしまうかのようなのだ。その顔ぶれが、「臥龍窟」をとりとめのない饒舌でみたすであろうことは、あえて指摘するまでもない。



蓮實重彥『夏目漱石論』(青土社)

Saturday, October 15, 2011

成熟と循環(RP)

 
 九〇年代、特に後半の五年間に広く社会に共有された「引きこもり/心理主義」に対し、優れたアプローチを残した三つの「九十五年の思想」––––––宮台真司(前期)、『エヴァ劇場版』、『脱正義論』––––––は、誕生後すぐに、死んだ。
 それは総じて、決断主義に対する敗北だった。「九十五年の思想」はいずれも、九○年代的な「引きこもり/心理主義」によって肯定される自己像=キャラクター設定的なアイデンティティを保持するためには、その設定を承認するための共同体=小さな物語が必要であること、そしてその小さな物語はその存在を維持するために時に他者に対して暴力性を発揮することを––––––具体的にはオウム真理教を通して認識していた。そしてその処方箋として、ある種のニーチェ主義的な強さ(「意味から強度へ」)を提示した。それはより具体的には、特定の小さな物語に依存することなく、価値観の宙吊りに耐えながら(気にしないにしながら)生きるという成熟モデルである。
 しかし、これらのニーチェ主義的成熟モデルは、性急に小さな物語を求め、その共同体の中で思考停止する「引きこもり」から「決断主義」への潮流に、批判力を持ち得なかった。前期宮台「ニュータイプ論」は時代とともに破綻し、『エヴァ劇場版』と『脱正義論』は「セカイ系」と『戦争論』という小さな物語への依存=決断主義に回収された。
 なぜか––––––それは、現代を生きる私たちは小さな物語から自由ではあり得ないからだ。たとえ「何も選択しない」という立場を選択しても、それは「何も選択しない、という物語の選択」としてしか機能しない。人間は物語から完全に自由ではあり得ない。私たちは小さな物語たちを、何らかの形で選択させられてしまうのだ。にもかかわらず「九十五年の思想」小さな物語から自由な超越的な視座=「外部」を設定する、ある種の物語批判を通して強い「個」の確立を志向していた。
そして、個人の生が求める意味=物語の備給という欲望に応えない「九十五年の思想」は、物語批判的な超越性という空手形が不渡りを出す形で破綻を迎えた。存在し得ない外部性に依存する「九十五年の思想」の消費者たちは耐えられず、決断主義的に意味を備給する小さな物語に回収されていったのだ。


宇野常寛『ゼロ年代の想像力』(早川書房)

赤コーナー

あなたはだんだんきれいになる


をんなが附属品をだんだん棄てると
どうしてこんなにきれいになるのか
年で洗はれたあなたのからだは
無辺際を飛ぶ天の金属。
見えも外聞もてんで歯のたたない
中身ばかりの清冽な生きもが
生きて動いてさつさつと意欲する。
をんながをんなを取りもどすのは
かうした世紀の修業によるのか。
あなたが黙つて立つてゐると
まことに神の造りしものだ。
時々内心おどろくほど
あなたはだんだんきれいになる。


高村光太郎『智恵子抄』より

Friday, October 14, 2011

アフリカより


アフリカのどこかの国で教員をしている知人が顔本で書いていたやつの引用です。
これ以上くわしく書くと誰だかもしかしたらバレてしまうかもしれないので書けません。
以下引用

少し長いですが、面白かったので。
 私の配属先の学校は寮生の高校で生徒の管理が厳しすぎる。
 しかし、生徒は学校から抜け出せたとしても、周りには何もなく、​30分も歩いていかないと町には辿りつかないし、悪事と言っても​、たばことビールとケンカくらいしかできない。しかも、町にはビ​ールと煙草を呑みながら、さぼっている否、見張っている勤勉な教​師が町に数件しかない飲み屋に駐在しているので、そうやすやすと​は買えないし、買えたとしてもすぐに見つかりおしりぺんぺんの刑​が関の山である。
 時折、酒を飲んでいるという通報により、生徒が生徒によって連行​されるという珍妙な場面に出くわし、後始末を押し付けられること​がある。今日も現場へ急行し、証拠品を押収するために、ケースの​中を見ると、何本ものビールが申し訳なさ気に衣類の間に挟まれて​いる。
 さて、この生徒。様々な障害を乗り越え、町から30分もかけて瓶​を鳴る音を出来るだけ小さくしながら、それらを寝室まで持ち帰り​、そして隠し、辺りが静まった頃を見計らって、特に二段ベッドの​上段にいる友人に見つからないように、こっそり飲み、「あぁうま​い」とか「あぁ生き返る」とか言うことすら許されず、「何飲まぬ​顔」でしかも友人に酔っ払っているとは思わせない絶妙なテンショ​ンが高さで酒を楽しんでいたことを考えると、アカデミー賞をあげ​たいくらいの気持ちになる。私なら気が狂い、ビールと間違えて尿​を飲んでしまいそうなものである。

引用以上
匿名

Saturday, October 8, 2011

「夜話」の読み方を知る(やわ)

村上 (略)逆説だけど、自分にセンスがない人は、自分にセンスがないという事実を認めるセンスがないということです。
 あともうひとつ僕が言いたいのは、非常に不思議なことで、僕もまだ自分のなかでよく説明できないんですけど、「自分がかけがえのある人間かどうか」という命題があるわけです。たとえば、皆さんが学校を出て三菱商事に入って、南米からエビの輸入をする仕事をするとします。それで非常に一生懸命にやるんだけども、じゃあ、かけがえがないかというと、かけがえはあるんですよね。もし病気で長期療養したら、別な人がそのエビの取引の位置について、一生懸命あなたの代わりにやるわけです。それで三菱商事が、たとえば皆さんが二年間病気になって困るかというと、困らないわけです。というのは別の人を連れてきて同じ仕事をやらせるわけだから。だから、あなたほどうまくやれないかもしれないけれど、三菱商事が困るほどのことはないですね。
 ということは、いくら一生懸命やってもかけがえはあるわけですよね。というのは、逆に言えば、会社はかけがえのない人に来られると困っちゃうわけです。誰かが急にいなくなって、それで三菱商事が潰れちゃうと大変だから。その対極にあるのが小説家なわけです。ところが小説家に、たとえば僕にかけがえがないかというと、かけがえはあるんです。というのは僕が今ここで死んじゃって、日本の文学界が明日から大混乱をきたすかというと、そんなことはないんです、なしでやっていくんですよ。だから全く逆の意味だけど、かけがえがないというわけではない。





質問者F 日本の作家の方で、日本語の大辞典を何冊も潰すほど日本語を生み出すのに苦労なさっている方がいるということを、何かで読んだことがあるんですけれども、今度は逆に日本語にする段階でご苦労な点は何なのか。
あと、私は翻訳の勉強を始めたばかりなんですけれども、日本語を磨けとよく言われまして、意図的にそのへんの努力をなさっていることとかがありましたら聞かせていただきたいんですけれども。
柴田 まずですね、その、日本語を磨きましょうという言い方をよく目にするんですけど、どうも何か違和感があるんですね、僕は。何でなのかなあ、所詮自分の使える日本語しか上手く文章にはのらないということを痛感するんです。
たとえば、文章を練る上で類義語辞典というのは必須なわけですね、よく使うわけです。それで、このAという言葉ではしっくりこないから何かないかなと思って辞書使いますよね。そうするとBという類義語があって、これは自分ではあまり使わない言葉だけど、おーいいじゃないといって使うでしょう。それで次の日に読み直してみると、やっぱりそこだけ浮いているということがものすごく多いんです。
だから結局、自分にしっくりくる言葉には限りがあって、それを活用するしかないなというふうに思うことが多いです。だからもちろん、自分に使える言葉を豊かにするために、いわゆる日本語を磨く、いい文章をたくさん読むというのは、原理的には大事だと思うんですけれども、そうやっていわば下心をもって、いわゆる美しい日本語を読むことを自分に強いても、そう上手く自分のなかには染み込まないんじゃないかと思うんです。というか、そう思いたい。
あとね、何で僕がそういう磨くとか鍛えるとかいう考え方がいやかというと、僕にとって翻訳は遊びなんですよ。
村上 ははは。
柴田 違います?
村上 いや、そうです。そのとおりです。
柴田 そうですよね。だから、仕事じゃないからそんな苦労はしたくないし(笑)、ええっと、いや、みなさん笑うけれどこれ真面目に言っているんですよ(笑)。あのう、ええっと、なんというんだろう、要するに、日本語筋力トレーニングみたいな感じでね、好きでもないのにこれは美しい文章なんだからって自分に無理強いするみたいなことはしたくないんですよ。
そもそも何が美しい文章かっていうことの基準なんてものはないし、べつに日本文学に限らず英米文学でも、美文の基準みたいな者が会って、それに則って書くのが正しい作法だみたいなことは現代の場合全くないわけですよね。だから、いわゆる美しい日本語といわれるものが仮に身につくとしても、それは単に、ある特定のトーンの日本語を身につけるだけのことだと思う。




村上春樹、柴田元幸『翻訳夜話』(文春新書)より、適宜改行
しかし傍点も打てないとは。

Friday, October 7, 2011

原稿書いていて心臓バクバクすることはないのか

医者が僕のレントゲン写真を出して
「心臓肥大です、要注意ですな」と云つた

僕は尋常一年のとき運動会で駈けつこに出た
すると「用意、どん・・・・・・」の直前
不意に胸がごつとんごつとんと鳴りだした
これが僕の記憶する最初の胸の高鳴りだ

最近は胸のときめきを感じることがなくなった
原稿書いてゐて胸がふと動悸を搏ちだすことなど更らにない
僕の感動の最後助だと思はれるのは
京竿で一尺山女魚を釣つたときのものである

僕の心臓は干涸びてしまつてゐる筈だ
心臓肥大とは誤診だと思ひたい



井伏鱒二「誤診」



Wednesday, October 5, 2011

引用からはじめる

われわれが自由にしていたもっとも刺激的な語は、それが発言されるにせよされないにせよ、あの「・・・のように」という語である。この語を通して、人間の想像力はその力量を示すののであり、精神のもっとも高い運命が成就されるのである。

アンドレ・ブルトン「上昇記号」より