耳によつてた血がわくわくからだを流れた
(ピンと後脚でけとばしたい!)
ウヒウヒ笑ひながら浮き上ると
午の陽が花火のやうに眼をふさいだ
–––どうりや これから
土筆部落へ
ヨタ話にでもでかけようか
◎
銀座街頭に売物になつてゐるトタン箱にうづくまるガマの眼玉は僕から中学小学の修身教科書の全部を消滅させる。大学的徳性は笑はれる。
蛙達の眼に映る人間の顔、その二つの肉体的力量の比較に立脚して魂の啞然は果たしてどつちにあるか。
◎
蛾を食ふ蛙はそのことのみによつて蛇に食はれる。人間は誰にも殺されないことによつて人間を殺す。この定義は悪魔だ。蛙をみて人間に不信任状を出したいぼくはその故にのみかへるを憎む。
◎
殺戮者「万物の霊長」は君達をたたきころしむしろ道ばたの遊びごととし、そしてそれは自然だ。君達は君達の互助を讃へよ。高らかにうたへ。
◎
人情的なあらゆるものを蔑視する宇宙大無口。
◎
かへるの性欲は相手の腹に穴をあける
かへるの意地つ張りは意志を笑ふ
かへるの夢は厖大無辺
眼玉は忍従と意志の縮図だ
◎
そしてゲリゲといふかえるは蛇に食はれて死んで行くとき人間の言葉に翻訳したら恐らく次のやうな言葉を仲間に送つた。
- お友達や仲間の諸君 ぼくが殺されるのを悲しんで逃げろといつて下すつたのをありがたう。ぼくを殺すのは誰でもないぼくの意地です。悲しくはない。悲しいことはなぜ殺しあひがあるかといふことです。それも仕方ないでせう。僕たちだつて色んなものをたべます。自然の暴威は当たりまへです。悲しいのはそれではない、なぜおんなじ兄弟たちなかまたちが殺しあふのだといふことです。
霊長の人間も人間同士で殺しあふではありませんか。
諸君 ぼくたちは幸福です。ぼくたちは誰彼の差別なく助け合ひ歌ひあひます。これ以上のことがあるでせうか。それを思ふとぼくはうれしい。ぼくは死んでゆきます。悲しくはありません。さやうなら。万歳して下さい。
そしてにんげん諸君 蛙とにんげんとマンモス、にんげんの声がマンモスの声より小さいだらうといつて、蛙のコーラスがにんげんのそれよりけちくさくしみつたれだと言ひ得るとでも言ふのか。
◎
ぼくは蛙なんぞ愛してゐない!
草野心平「晴天」(『第百階級』所収)
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