町でいちばんの
旅行に出ると、行った先に居ついてしまいたくなる。以前はしばらく居ついてしまうこともあったが、今は係累がいるので無理だ。つまらないと思っていたが、今住んでいるのも旅先で居ついた町なのだと想像すればいいということに考え至ってから、愉快になった。
今日はバスで二十分ほどの海に行ってきた。『町でいちばんの美女』を読みながらラジオを聞いている青年がいるので、眺め、ビールを一本飲む。帰りがけに海辺のとうふ屋でとうふを二丁買う。バスで、少しうとうとする。部屋に戻ってから持ち金の残りを計算する。この町も長くなった、次はどこに行こうかと考えながら、朝干したシャツをたたみ、もう一本ビールを飲む。やがて日が暮れる。
川上弘美「町でいちばんの」(新潮文庫『なんとなくな日々』所収)
わたしは人の謙遜が好きなので川上弘美はわりと好きです。でもこの文章はこの人にしてはそんなに上手いわけじゃないけど昨日と関連するかなと思って目に留まったので引きました。じっくり検討しはじめるとキリがないのです。うお、わたしいま楽屋ネタしてるな、これは最近読み直した江口「ストップ!ひばりくん」の影響なのか。
上手い謙遜っていうのは、「いえいえいえいえいえいえ私など無能なただのしがない雑文売りでして」と頭を低くする技術のよしあしではなくて、あ、川上さん、「カイジ」はマメにチェックしてるのね、微笑ましいな、という隙間をつくような具体性を宿らせる技術のことです。
No comments:
Post a Comment